1月5日「今日の礼拝堂」
主の顕現の主日礼拝
今週の「つどいの祈り」: 神様。星の光に導かれた占星術の学者たちは、御子を拝み、宝の箱を開けて献げました。私たちを、救いの知らせによって、信仰と奉仕へ導いてください。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン

○主の顕現の主日 説教
イザヤ60:1-6 エフェソ3:1-12 マタイ2:1-12
「 たどり着いたその先に 」
本日は主の顕現主日。主の顕現とは、“神の救いの約束が全世界に啓示された”というところに焦点があります。《彼らが、王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアとともにおられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。》(マタイ2:10-11)不安な世界のただ中で、政治的な矛盾のただ中で、人知れず祝われた世界で初めてのクリスマス=キリスト礼拝。飼い葉桶には、人の手を借りなければ何もすることができない幼子イエスがいます。この小さな神の御子との出会い。本当にそれは小さなささやかな出来事だったかもしれませんが、人類にとっては実に大きな出来事だったのです。福音書記者マタイは、神の子の誕生物語に異国の人々を登場させることによって“世界中の道を求める者、救いを求める者たちに、今、一つの答えが与えられた。神の答えが顕現したのだ!”と伝えているのです。
その一方でこのささやかな出来事に怯えたヘロデ大王は残酷なことを行います。学者たちに無視されたことを知ったヘロデは、ベツレヘム一帯の2歳以下の男の子の無差別虐殺を命じたのです。まさに今、ガザで、ヨルダン川西岸で行われているジェノサイドを彷彿とさせるような出来事が世界で初めてのクリスマスの後に起こされたのです。政治は一つ狂えば、人間の罪を白日の下に露出させます。間違った指導者、狂気の権力者が影響力を持つと、絶望と悲惨を大量生産します。だからこそ力を持つ者は、その影響力や波及する先をしっかりと弁えておく必要があります。しかし、多くの場合、私たち人間は自分が手にした力や権力に酔いしれ、暴走してしまうのです。政治には常に警戒が必要です。簡単に、賞賛したり、扇動やかけ声に乗せられたり、期待しすぎたりしてはいけません。それは現代でも同じです。
一人ひとりの中に、救いの出来事が起こる。誰がそれに気づくのか?学者たちが一つの星に導かれたように、私たち一人ひとり、道を求める者、真理を求める者には必ず、導きの星が与えられます。学者たちが異邦人であったように、私たちも異邦人です。遠いイスラエルと何の関わりもなく、ユダヤ人と何の関わりもなかった者として生まれ、かの国とはほど遠い、東の果てに生きる/生かされている私たち。どこにも接点がなさそうな私たち。しかし、それでも、それぞれに、導きの星が与えられましたし、また、与えられています。私たちはそれぞれの導きの星によって、暗闇を照らす真の光であるお方のもとへといざなわれているのです。
救いの出来事は地味で素朴で小さなものです。一人ひとりの心に起こる小さな出来事。けれども、その道を通り、私たちは永遠なるお方との出会いを与えられているのです。学者たちは夢のお告げによって、ベツレヘムから別の道を通って自分たちの国に戻って行きました。そのたどり着いたその先にはなにがあったでしょう?私たちも新しい年を迎えて、一つ年を重ねてゆきます。私たちが進む道の先にあるものは何でしょう?相変わらず世の中には暴力や差別などが満ちていて、私たちを不安や恐れに引き込もうとします。しかし、そのような事柄に惑わされるのではなく、暗闇を照らす光なるお方、主が私と共におられることを信じ、一歩、また一歩と進んでまいりましょう。
《来週の礼拝》
#1月12日 午前10時30分 主の洗礼主日 礼拝
*司 式:岡田 薫牧師
*説 教:岡田 薫牧師「天が開く」
*奏 楽:若井裕子さん
*聖書朗読:小川敦子さん
*礼拝当番:小笠原里子さん
*聖 書:イザヤ 43:1-7、使徒言行録 8:14-17、ルカ 3:15-17,21-22
* 讃 美 歌:190番、307番、増補46番

