2月15日「今日の礼拝堂」

主の変容主日 礼拝 

今週の「つどいの祈り」  神様。あなたは私たちに、いのちのことばをくださいます。天から来られた救い主イエスを信じ、そのみことばに聴き、いつもあなたを仰ぐ私たちにしてください。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。        ♪ アーメン



○主の変容主日 説教
 

                出エジプト24:12–18  Ⅱペトロ1:16–21  マタイ17:1–9

    「恐れずに進め」

私たちは、まもなく四旬節を迎えます。十字架への道を歩み始める、その直前に置かれているのが変容主日です。この日、主イエスはご自身の歩みの中で、一つの大きな節目を迎えられました。それは前へ進むためであると同時に、あえて立ち止まり、これから向かう道を見つめ直す時でもありました。

主は、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけを連れて高い山に登られます。そこで主イエスの姿は変わり、顔は太陽のように輝き、衣は光のように白くなりました。さらにモーセとエリヤが現れ、主と語り合います。律法と預言を代表する二人がそこにいるということは、神がこれまで歴史の中で語り、導いてこられた救いの約束のすべてが、今、このナザレのイエスに集められていることを示していました。

やがて輝く雲が彼らを包み、《これは、わたしの愛する子。これに聞け》(17:6)という声が天から響き、弟子たちは恐れのあまり、地にひれ伏しました。私たちはこの姿を見て、なぜそこまで恐れたのかと思うかもしれません。しかし、神の栄光を目の当たりにした者が恐れおののくということは、信仰が弱いからではなく、神の前に立つ人間として、あまりにも自然な反応でした。

そのような弟子たちに、主イエスは近づき、手を触れて《起きなさい。恐れることはない》(17:7)言われました。顔を上げると、そこには、いつもと変わらない主の姿がありました。光も雲も、モーセもエリヤも、もう見えません。この言葉は、ただ弟子たちを安心させるための言葉ではありません。再び歩き出すための言葉でした。天からの声もまた、主がこれから進もうとしておられる十字架への道こそが、神の御心であることを示しています。

主の変容は、苦しみを消し去るための出来事ではありません。苦しみの中をなお神と共に歩めることを、弟子たちに示すための出来事でした。山を下りた先には、十字架への道が待っています。それでも主は、ほんの一瞬の光を与え、弟子たちが恐れを抱えたままでも、再び歩き出せるように備えられたのです。

私たちもまた、恐れの中に生きています。将来への不安、社会の先行きに関する戸惑い、人との関係が壊れてしまうのではないかという恐れ。信仰を与えられていても、恐れが消えるわけではありません。しかし主は言われます。「起きなさい。恐れることはない」と。恐れがなくなってから進め、と言われるのではありません。主イエスは恐れの中にいる私たちのもとへ来て、立ち上がらせ、共に歩んでくださるのです。恐れずに進みましょう。主はすでに、私たちに先立っておられます。その後ろ姿を見つめつつ、従ってまいりましょう。(岡田)



《 来週の礼拝 》 

#2月22日 午前10時30分 四旬節第1主日 礼拝 

*司  式:岡田 薫牧師
*説  教:岡田 薫牧師「 悪魔も、天使も。 」
*奏  楽:滝田裕美さん
*聖書朗読:青木比呂子さん  
*礼拝当番:小笠原里子さん
*聖  書:創世記 2:15-17&3:1-7 (旧3), ローマ 5:12-19 (新280),マタイ 4:1-11 (新4)
* 讃  美 歌:64番、476番、聖公会282番
                     
 

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