8月3日「今日の礼拝堂」
聖霊降臨後第8主日 礼拝
今週の「つどいの祈り」: 慈しみ深い神様。あなたは私たちの命の源、道しるべ、そして目標です。愛すべきものを愛し、あなたに逆らうものを拒み、あなたの目に貴いものを大切にすることを教えてください。 救い主、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン
○聖霊降臨後第8主日 説教
コヘレト1:2,12-14,2:18-23コロサイ3:1-11 ルカ12:13-21
「すべては神の御手のうち」
ことわざに「命あっての物種」という言葉があります。まさにたとえ話の金持ちは、あれこれと思いめぐらせているものの、自分のいのちが瀬戸際にあることを知りません。神によって彼のいのちが取り上げられれば、多くの財産は別の人へと相続されるに過ぎず、この人自身は思い描いたような享楽を味わうことなく死ぬだけです。なんというむなしさ!今日の第一の日課であるコヘレトの言葉にある通りです。
どんなに地上での富を積み、豊かになったとしてもいのちがなければ無意味です。この物語は、貪欲によって視野が狭くなってしまっている人々に、大切なことを思い出すよう促す物語です。つまりいのちの源である神との関係をあなたは見失っていませんか?あなたは神ではなく見当違いな方向を見ていませんか?と問いかけ、神ならざるものへと心奪われてしまっている人を神へと引き戻す物語なのです。
主イエスは“自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者”のたとえとして、この愚かな金持ちの話をされました。恵みに浴していてもその価値を知らず、満足することも無く、今ある恵みに気づかない愚かさ。主は、このたとえ話を聞く者たちが本当に豊かなものとは何か?に気づき、それを求めるようにと願っておられるのです。
いのちも持ち物も、たどってゆくと全て与えられたもの…どれ一つとして同じものは無く、神の愛によって生み出されていったものです。主は貪りではなく、“すべてのものを万物の創造主である神に帰すことによって、自由を得ることができる”、ということを教えてくださるのです。そう、すべては神の御手からいただくもの。私たちが意識している/していないにかかわらず、祝福や恵みは常に注がれています。神の前に豊かな者とは、その源である神との交わりにあることを知らされている者たちのことを指すのです。
私たちが生きる/生かされている現実社会は世界中に満ちる暴力や搾取、様々な不均衡等に満ちています。ほとんどの根底には、今日の物語であぶり出されてきた貪欲あるいは貪り(むさぼり)によって、私たちの視野が狭められ、神から神ならぬものへと心奪われている結果のように思います。《どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい》(12:15)との御言葉が迫ってくるようです。
主イエス・キリストは貪欲にまみれて、自らのために地上に富を求めるのではなく、神を畏れ、愛し、信頼し、御心に適う生き方を求め、天に宝を蓄えるようにと勧められています。この言葉は、キリスト者がどこに軸足を置き、与えられたいのちを生きるのかということを問われる者だと思います。神の国に関する主イエスの教えに触れた私たちは、御心に適う歩みを進めていくことができるように、先立つお方の導きを祈り求めて参りましょう。(岡田)



《 来週の礼拝 》
#8月10日 午前10時30分 平和の主日 礼拝
*司 式:岡田 薫牧師
*説 教:岡田 薫牧師「主が示される道 」
*奏 楽:若井裕子さん
*聖書朗読:藏谷俊夫さん *聖 書:ミカ 4:1-5 (旧1452), エフェソ 2:13-18 (新354),ヨハネ 15:9-12 (新198)
* 讃 美 歌:439番、470番、讃美歌21 561番

