7月27日「今日の礼拝堂」
聖霊降臨後第7主日 礼拝
今週の「つどいの祈り」: 生きておられる全能の神様。あなたは私たちが祈る前から私たちの祈りに耳を傾け、思いと願いをはるかに超えて聞き届けてくださいます。あなたの豊かな憐みを注いでください。良心の咎を赦し、ただ御子のみが賜ることができる良きものを与えてください。 救い主、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン
○聖霊降臨後第7主日 説教
創世18:20-32 コロサイ2:6-15 ルカ11:1-13
「世界を包む祈り」
今日の福音の日課は、弟子たちが《わたしたちにも祈りを教えてください》(11:1)と願ったことにより、主イエスが「主の祈り」を教えてくださっている個所です。この祈りには個人の地平から始まって世界を包むダイナミックさがあります。主はこの祈りを神への信頼をもって祈るようにと命じられました。
「祈り」は信仰者にとって深呼吸のようなものだと言われます。「呼吸すること」が生きるために欠かせないように「祈りの生活」は信仰者に不可欠であるというのです。本当にそうだな、と思います。祈りはいつでもどこでも行うことができます。道具も何も必要ありません。ただ、「主よ」と呼び求めることから始められます。整った文章にならなくても、うまくまとまらなくても、心のうちにある思いを打ち明けることができます。そして、このような交わりを通していくつかの気づきが与えられ、癒しを与えられることもあるのではないでしょうか。
何度もご紹介していますが、毎週金曜日の午後9時からインターネット回線を用いてミャンマーを覚えての祈り会が続けられています。先日233回目の祈り会でした。日本ではもはやニュースにもならない状況ですが、ミャンマー国内では未だ凄惨な暴力が毎日起きています。3月の地震が起こった地域にも容赦ない空爆が繰り返されています。あまりにも多くのいのちが失われました。国内あるいは国外に出て避難民として生活することを余儀なくされている人たちも数え切れません。祈り会から生まれたアトゥトゥミャンマー支援という小さな団体は8月1日で設立から4年となります。祈りという営みから始まった支援活動は、地味で小さいものですが、細々ではありますがしたたかに継続しています。そして、来週、祈り会のメンバー有志がタイに逃れ、生き延びた子どもたちに折りたたみ傘とレインコートを届けるプロジェクトを決行します。
残念なことに、「そんなことにどのような意味があるのか?」と疑問を呈してくる方もおられるそうです。もっと合理的で有効な支援の方法もあるのではないか、と言われるのです。しかし私たちは、祈りをかさね、知恵を出し合い、自分たちの持てるネットワークを駆使しながら、相手のニーズを引き出し、出来るところからやっていく。つながり合った人との関りを大切にしていきながら、クーデータへの抗議の意味も込めて平和構築の営みを続けていきたいと願っています。バプテスト教会の川内牧師と共にアトゥトゥ帯広として呼びかけたところ、沢山の祈りと物資が寄せられました。皆さんの思いも込めて、集積所として奉仕くださる教会に向けて発送いたします。
弟子の質問にこたえる形で主イエスが教えてくださった祈りには、私たちが祈るべきことがらが網羅されています。父への感謝と賛美、信頼と希望、赦しの祈願ととりなし・・・これは、私たち信仰者がキリストの愛に生きる喜びを味わうことができる祈りでもあります。そして、主が私たちを愛し、赦された罪人として生きる道を拓いてくださりその道を進むための道標、世界を包む祈りです。
主の祈りを祈る度、私たちも神の愛を知る者として生かされており、主イエスによって示された愛の業によって罪を赦され、他者を赦し、愛する者として立てられていることを知らされます。《あなたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求めるものに聖霊を与えてくださる》(11:13)とあるように、神の慈しみによって赦しと愛に生きる者とされた私たちは、「祈りは必ず聞き届けられる」と信じ、あきらめることなく、執拗に祈る者であるようにと促されています。(岡田)


《 来週の礼拝 》
#8月3日 午前10時30分 聖霊降臨後第8主日 礼拝
*司 式:岡田 薫牧師
*説 教:岡田 薫牧師「すべては神の御手のうち 」
*奏 楽:滝田裕美さん
*聖書朗読:青木比呂子さん
*礼拝当番:小笠原里子さん
*聖 書:コヘレト 1:2,12-14,2:18-23(旧1034), コロサイ 3:1-11(新371),ルカ 12:13-21
* 讃 美 歌:398番、434番、讃美歌21 561番

