6月8日「今日の礼拝堂」

聖霊降臨祭 ペンテコステ 礼拝

今週の「つどいの祈り」:   神様。あなたのいのちの息で、私たちは生かされています。救いのみわざを宣べ伝えるために、聖霊にとって私たちを力づけてください。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン

○聖霊降臨祭 ペンテコステ 説教

  「心を騒がせるな、おびえるな」


                    創世記11:1-9 使徒2:1-21 ヨハネ14:8-17,25-27

主イエスは今日、ご自身を「道」とたとえられながら、それは目的に到達する通路としてというのではなく、主ご自身がその道を歩もうとする私たちと一緒に歩みを進めてくださるから、私たちは真理へと、命へと歩みを進めることが出来ると約束されました。そしてさらに《わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい》(14:11)とも言われました。私は/私たちは、神の御子が十字架と復活を通して恵みの御業を成し遂げてくださったという所に、いつでも立ち帰ることができるのです。なぜ神がこのようなことを成されたのかというと、御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためです。

この世における私たちの人生は、愛を受け、愛を深め、愛において成長し、そして愛を与える機会です。そしてこの愛は、死によっても決して失われることはありません。むしろ、より親密に、より身近に感じられるようになるのではないでしょうか。なぜなら、主イエスが十字架で死なれた瞬間こそ、紛れも無く彼の人生のうちで最も偉大な瞬間だったからです。

聖霊降臨を祝うこの日、新札幌では一人の方が洗礼をお受けになります。愛する方を見送られ、知人の紹介で礼拝に出席されるようになり、この一年、ほぼ欠かさずに通ってこられていた方です。洗礼を意識して、学びを始めたとき、その方は「自分の勝手な思いや考えでちゃんと理解できていないかもしれない」と口にされていました。「でも、クリスチャンの息子にもすべてを理解してなんて考えていると、いつまでたっても洗礼は受けられないよ。洗礼がスタートだよと言われたので、いいのかなと思います」ともおっしゃっていました。この言葉を聞いて私はとても嬉しく思いました。この方のうちに神ご自身が働きかけて、洗礼を受けたいという思いを起こしてくださったからです。聖霊の導きによって、一人の人が主を信じる者として生きるようにされるということ、この奇跡を心から神に感謝します。そして、同時に、私たちはそれぞれ自分が洗礼を受けた時のことを思い起こしてみてはと思うのです。一人ひとり、神との出会い、キリストとの出会い、聖霊の導きの感じ方は違います。違いがあっても、私たちは今、キリスト・イエスを通して示された神の愛に生きる者/生かされている者としてここにいます。なんという恵みでしょう。

私たちは主の死によって多くの実りを与えられました。いずれ私たちにも信仰の道のりを走りとおして、主が約束された場所へと旅立つ日が訪れます。不安や心配事を考えると心騒ぎ、おびえてしまうこともあるでしょう。しかし、主イエスは「心を騒がせるな。おびえるな。」と言われます。主はいついかなる時も共にいると約束し、これを信じよと言われるのです。私たちはこの主のことばに立ち、その日、その時を迎える瞬間まで、主の愛に満たされた者、恵みを受けた一人の信仰者として、キリストを指し示しながら喜びをもって定められた道を進んでまいりましょう。
 

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