4月6日「今日の礼拝堂」
四旬節第5主日 礼拝
今週の「つどいの祈り」: 神様。あの日、マリアがささげたナルドの香油、その良い香りが、家の中を満たしました。今、あなたの愛、救いの知らせが、すべての人の心を満たしますように。あなたと聖霊とともにただ独りの神、永遠の支配者、御子、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン
○四旬節第5主日 説教
「 備えの香り 」
イザヤ43:16-21 フィリピ3:4b-14 ヨハネ12:1-8
マリアが主イエスの死を予感して、そのために香油を取り分けていたのかどうかはわかりません。けれども主ご自身はこの日のマリアの振る舞いをご自身の死への備え、死体の塗油の先取りとして受け取られています。他の福音書では、この行為によって彼女の名が後世に語り継がれるという流れになるのですが、ヨハネにはありません。むしろ、ここで強調されていることは《貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない》(12:8)という主イエスの言葉です。今日の物語において重要なのは、ここで主ご自身がもうすぐ地上での生涯を終えることを念頭に一貫して死を覚悟して歩みを進めておられたという点です。
先月末、ミャンマーで大きな地震災害が起こりました。震源地に近い地域はクーデター軍に抵抗している挙国一致政府(NUG)がやや優勢の地域です。4年以上にわたる混乱の中で国の統制は乱れているもののNUGは直ちに停戦を発表しましたが、クーデター軍はあろうことか数日間空爆を続け、4月2日になってようやく一時停戦を発表し、地震対策を優先すると発表しました。にもかかわらず国際的な機関が被災者のために現地入りしようとしても自分たちにとって不利な情報発信や動きをすることを恐れてかなり制限をしているそうです。支援機関だけでなく、報道機関や人々の通信手段へも制限しているようで、現地での活動は困難の中にあるようです。悪いことをしているとを自覚しているからこそ、それが明るみになることを恐れて空爆を続けたり、自分たちに批判的な国際機関や報道機関の活動を妨害しようとするクーデター軍の有様は人間の愚かさ、恐ろしさをまざまざと私たちに見せつけています。
その只中にあっても、地震発生から最初の主日にも各地で礼拝が行われていました。多くの人が大切な人、もの、場所を失った中にあっても、主の御名のもとに集まり祈り、讃美し、福音をわかちあったのです。そしてそこで語られたメッセージの一つでは《わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。》(コリントの信徒への手紙二4章8-9節/聖書 新共同訳)との御言葉が語られたと聞きました。まさに四方から苦しめられているような状況の中にあっても、現地のキリスト者たちはなお希望に目を向けて、草の根で互いを支え合い励まし合い、生き抜いているのです。遠い東の果てに住む私もこの御言葉に励まされました。
主はマリアによってご自身の足が香油できよめられた時、間近に迫った死を確かに見据えておられました。主の十字架の道行きは既に始まり、ここでの出来事もその備えのときだったのです。主はここでご自身の道の先にあるものを見据え、居合わせている人たち、そしてこの物語に触れているすべてのいのちのために十字架へと進み、ご自身の進むべき道を全うされました。香油の香りは家中に広がっています。キリストによってあがなわれ、キリストによって生きる者とされた私たちは、キリストの香りを運ぶ者でもあります。間違いも、破れもある私たちですが主イエスが私たちを愛してくださったからこそ、私たちも愛することができる。主の愛によって支えられているからこそ、私たちも互いに支え合うことができます。微力であっても、力を合わせ、互いに祈り合い、僅かであっても持ち寄りながら心を寄せていく活動に私たちも連なり、それぞれの場においてキリストの香りを届ける者でありましょう。(岡田)


《 来週の礼拝 》
#4月13日 午前10時30分 枝の主日 礼拝
*司 式:岡田 薫牧師
*説 教:岡田 薫牧師「歓声 」
*奏 楽:若井裕子さん
*聖書朗読:楢戸恵子さん
*礼拝当番:小笠原里子さん
*聖 書:イザヤ 50:4-9a(旧1145), フィリピの手紙二 2:5-11(新363),ルカ 19:28-40(新147)
* 讃 美 歌:71番、306番(1-4)、教団二篇177番

