2026年1月31日顕現節第4主日礼拝(緑)のご案内

2026年1月31日(土曜日)午前10時30分
司式・説教 小泉基牧師

説教題 「開かれ、つながる教会のあゆみ。」

第1日課・ミカ書6章1節~8節、

第2日課・使徒言行録2章47節/コリントの信徒への手紙一1章18節~31節、

福音書・マタイによる福音書5章1節~12節、


ボンヘッファーと2つのルター派教会 川田洋一執筆

ドイツの教会にもルターという名を使ったルター派州教会もあります。
これらの教会は改革派とは合同しておらず、ルター派信徒だけで構成されていました。
地域的にはプロイセン王国に含まれないバイエルン王国やザクセン王国等にある教会でした。
しかしながら、これらの教会の属していた王国は19世紀のドイツ統一時に、
プロイセン主導のドイツ帝国に併合された歴史があるため、
それ以降もプロイセンとの関係は良くありませんでした。
ボンヘッファーが活躍した時代、台頭したナチスはバイエルンやザクセンという
プロイセン州ではない地域で強い支持を受けていました。
プロイセン州に住んでいたボンヘッファーや反ヒトラーの牧師たちは、
『バルメン宣言』という信仰告白を作ります。
この『バルメン宣言』は聖書にある神の言葉のみ信仰することを求めました。
これに賛同したのはプロイセン州の福音主義教会、合同教会に属するルター派であり、
バイエルン州やザクセン州のルター派州教会は信仰告白として扱うことを拒みました。
さらに、反ヒトラーの運動にも消極的でした。
ルター派州教会にはヒトラーに賛同し、ナチ党に入党する牧師も多くいました。
反ユダヤ主義にも賛同し、教会からユダヤ人を排除し、礼拝から旧約聖書を外した上で、
ゲルマン神話を信奉した牧師もいました。

ボンヘッファー没後におけるドイツ福音主義教会EKD設立 川田洋一執筆

ヒトラーが自殺し、ドイツは第2次世界大戦に敗北しました。
ヒトラーを救世主と見なし、『バルメン宣言』に反対したルター派牧師たちも
影響力を失いました。
『バルメン宣言』を拒んだザクセンやバイエルンのルター派州教会も、
現在では信仰告白と認めるようになりました。
第2次世界大戦後、ドイツ各地の州教会は『シュトゥットガルト罪責告白』に署名し、
戦争責任だけでなく、ゲルマン神話信仰のような異教崇拝との絶縁も誓いました。
ドイツ各地の福音主義教会とルター派州教会は、ドイツ福音主義教会EKDを設立し、
その加盟教会になりました。ドイツ福音主義教会EKDはルター派、改革派、合同派を
包括する一つの教会であり、洗礼と聖餐を相互に認め合うことになりました。
ルター派州教会もドイツ福音主義教会EKDに属することになり、
改革派信徒と共に聖餐を分かち合うようになりました。
2026年現在、ドイツ福音主義教会EKDを率いるキルステン・フェールス常議員会議長、
トビアス・ビルツ常議員会副議長、アンナ=ニコル・ハインリヒ総会議長の指導部三役は
共にルター派州教会出身者です。

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